前回に引き続き、秋の夜長にフィットしそうな大人向けの「シルクのような音楽」をご紹介したいと思います。
肌触りが滑らかで心地の良い衣服があるように、滑らかで心地の良い感触の音楽が存在します。ただ、音楽の場合は、表面的に耳当たりの良いサウンドが人々の心を捉えるとは限りません。深く聞けば聞くほど新たな表情を見せてくれるものや、自分の記憶から特定の人や場所や出来事を呼び起こしたり、今まで知らなかった新しい扉を開いてくれるものなど。そんな音楽が、時代を超えて多くの人々に愛されているのではないでしょうか?
今回は、そんな名曲たちを1980年代後半から2000年代にかけてピックアップしてご紹介致します。
Maurice White – I Need You
前回ご紹介したアースウィンド&ファイヤーの創始者、モーリス・ホワイトの1985年発表のソロアルバムからの大ヒット作。クリスタルのようなエレクトリックピアノのイントロから、音数を抑制したベースとドラムを伴って、モーリスの甘い中音域ヴォイスが響き始めます。その後、ファルセット(裏声)でオクターブ上の音域へ。そしてサビでは情熱的にストレートに愛を歌い上げます。2コーラス後の大サビは更に盛り上がり、直後のサビでは一度トーン落としてから、再度盛り上がり、ロングトーンとともにピークを迎えます。リズムはあくまでも淡々と進行しながら、シンセサイザーやコーラス等のウワモノで盛り上げている印象です。また、1980年代後半の音楽に特有のウェットなエコー感も、この曲をスイートにしている要因の一つです。いずれにせよ、モーリス本人の歌の魅力が存分に伝わる珠玉の1曲であることは間違いありません。
George Michael – Kissing A Fool
これまでアメリカ勢ばかり紹介してきたので、このあたりでイギリス勢も出しておきましょう。「Last Christmas」などのヒットでおなじみのポップデュオ・WHAM!(ワム)を解散したジョージ・マイケルが、1987年に発表したソロアルバム「Faith」から。ミディアムスローのジャジーなピアノに乗せて、離れていく恋人に未練たっぷりな男性の心境を囁くように歌い出します。曲が進行するにつれ、その声は徐々に艶を増していきます。曲の2/3あたりで出てくる大サビでは雰囲気が変わり、彼の透明感のあるハイトーンヴォイスによる心情の吐露が、ブラスセクションを伴いながらピークに達します。そして冒頭と同じ静かなトーンになり、戻らない恋への諦観を独白しながらエンディングを迎えます。打ち込みビート、シンセベースなど、当時のテクノロジーを多用したこのアルバムの中では、逆にこういったアコースティック主体の楽曲にこそ、彼の音楽の普遍性が現れていると感じられます。
Julia Fordham – Cocooned
イギリスのシンガソングライター、ジュリア・フォーダムの1988年発表のファーストアルバムから。日本では、このアルバム収録の「Happy Ever After」がドラマに使われヒットしました。ピアノのみの伴奏で始まるこの曲も、彼女の声の魅力が最大限に味わえます。まろやかで豊かに響く中音域と、透明感あふれる高音域との行き来が、アコースティック基調のスペースを生かしたアレンジによって際立っています。オーバーダブによる彼女自身のコーラスも美しいです。
Peabo Bryson – Pretty Women
次は正統派バラッドの名シンガー、ピーボ・ブライソンの登場です。「美女と野獣」「ホール・ニュー・ワールド」など、女性とのデュエット曲が大ヒットしている印象がありますが、もちろん彼の声のみで充分に素敵な世界が描かれます。これは「スウィーニー・トッド」というミュージカル(のちに映画化もされています)のためにスティーブン・ソンドハイムが書いた曲を、ジャズアレンジにして彼が歌ったもの。オリジナルは、決してロマンティックな場面で歌われる曲ではありません。しかしそんなこととは無関係に、歌手の力量で本来のメロディーや歌詞の響きの美しさを存分に引き出しており、あたかも往年のジャズスタンダードのような輝きを帯びています。そして、ジョシュア・レッドマン、ブラッド・メルドーなど、一流のジャズプレイヤーの演奏が、よりピーボ・ブライソンの歌の上手さを引き立たせています。
Maxwell – Ascension (Don’t Ever Wonder)
1980年代後半はデジタルのテクノロジーが発展したことによって、シンセサイザーやプログラミングによるサウンドが主流になりましたが、1990年代に入ってしばらくすると、1970年代の音楽に影響を受けた新たなR&B世代が、生楽器の質感を重視した音楽をつくる傾向が見られるようになりました。Maxwellもその時期のネオソウルの代表格で、彼の歌唱からはマービン・ゲイやプリンスなどの影響が見え隠れします。彼の1996年発表のアルバム「Maxwell’s Urban Hang Suite」はこの曲のみならず、全編ソフト・メロウ&スイートな雰囲気です。ギミックなしの歌い方、グルーヴ重視のアレンジメント、アルバム構成に致るまで、彼の音楽に対する誠実さが端々に感じられます。それゆえに「セクシーでありながらピュア」な世界観を実現できているのかもしれません。
Eric Benét (featuring Tamia) – Spend My Life With You
前述のMaxwellの登場と同時期にソロデビューしたエリック・ベネイの、1999年のセカンドアルバム「A Day In The Life」から、Tamia(タミア)とのデュエット曲を。エリックとタミアのウィスパーヴォイスが交互に現れ、サビではエリックの多重コーラスをタミアの声が縫っていきます。そして2番から少しずつ歌い上げはじめ、今度のサビはタミアの多重コーラスが登場。その後もお互い絡み合い、最終的に2人の情熱的な歌い上げ(2人の多重コーラス付き)に向かうという、期待通りの盛り上がり方が心地良いのです。Maxwellとは違い、バックは抑制された音数のプログラミング主体のオケになっていますが、それが功を奏して、彼らの歌を最も堪能できる仕上がりになっています。
Sade – Lover’s Rock
次はイギリスからシャーデーの曲を。このバンド(シャーデーはあくまでバンド名)は、1980年代半ばから1990年代初頭にかけてイギリスだけでなくアメリカでもヒット。「Smooth Operator」「Kiss Of Life」など、日本でも認知の高い曲が多くあります。シャーデー・アデュのややハスキーでミステリアスな中音域のヴォーカルが、無駄な音を極力排したバックトラックと相まって、クールでスムーズな音楽の代名詞となりました。これは、長いインターバルの後、2000年に発表されたアルバム「Lover’s Rock」の表題曲。この曲はとくに表現に必要な最小限の楽器と音数で、スペースと余韻を効果的に利用しながら、決して張り上げないヴォーカルスタイルを際立たせ、頑固なまでにバンドの個性を貫いています。また、サビ直前の4小節を除けば、ほぼ同じコードの繰り返しでありながら、さりげなくメロディが発展していく点も見事です。このようなスムーズなサウンド作りは、メンバーのスチュアート・マシューマンの手腕によるところが大きいといえます。
Gretchen Parlato – Weak
コンテンポラリージャズの重要な歌姫のひとりとして挙げられるのが、このグレッチェン・パーラト。彼女の2009年発表のセカンドアルバム「In a Dream」から。トリッキーなリズムの上で、自由に浮遊しているかのような歌い方。単なるアンニュイでセクシーなヴォーカルというレベルの遥か上で、音楽的素養に裏打ちされた安定のリズム感をさりげなく武器にしながら、楽器陣と対等にコミュニケーションを取る姿勢は、歌と伴奏という妙な分け目がいつの間にかできてしまったジャズヴォーカルの世界に一石を投じたに違いありません。プレイヤーがやっていることを虫眼鏡で見ると、かなりテクニカルでトリッキーで難度が高いのですが、全体として聞き心地の良い音楽にしてしまうところに、最も彼女の力量を感じるのです。
Tatiana Parra & Andres Beeuwsaert – Sonora
最後に、2011年に発表された、ブラジルの歌姫タチアナ・パーハと、アルゼンチンのグループ「Aca Seca Trio」のピアニストであるアンドレス・ベエウサエルトのデュオアルバム「Aqui」の冒頭を飾る曲をご紹介します。ダイナミクスとトーンの細かなコントロールを伴い、ノンヴィブラートで歌う彼女の透き通る声が、同じくリリカルに語りかける透明度の高いピアノと親密に対話していきます。大きな自然の風景が思い浮かぶような、南米のアーティストらしいヴィジュアルで立体的な音楽表現を見せてくれています。
今回のまとめ
いかがでしたか?お気に入りの曲はありましたか?今回セレクトした曲に関して、「シルクのような肌触りというイメージとは違う」、「秋ではなく、冬のほうが合いそうだ」等の感想を持っていただいても一向に構いません。音楽は、聞く人それぞれの個人的な記憶や感情と密接に結びついて、その人の中で輝き続けるもの。他人と同じものを追う必要なんてありません。自分にフィットする衣服を探すように、自分自身の心が充実して生活が輝くような音楽を探して、見つけて、楽しんでみてください。